3軸×3要素で自己分析
『彼を知り己を知れば百戦殆うからず。』(孫子)
孫さん(ソフトバンクではない)が言っているように自分の分析は必要。
受験、就活、面接のためではなく、もっと長い目で見たときの軸を3つ挙げる。
最近整理できた。
以下3つのフレームワークはいずれもタイプではなく、スキル値である。
・ティミー・ジョニー・スパイク
・ 心技体
・ Must / Will / Can
ティミー・ジョニー・スパイク
MTGが提唱する概念で、ゲームの行動における価値基準を掴むために考えることだ。
ティミーは体験、行動による興奮や快感を求めている。
ジョニーは表現、個性を表出することを求めている。
スパイクは挑戦、自分の能力の証明を求めている。
何を求めるタイプか、ゲームの遊び方(とくにカードゲーム)ではっきりする。
友達と楽しむことや、可愛さやカッコよさ、派手さを求めるティミー、
縛りプレイとクソゲー、努力の方向音痴からMOD創作のジョニー、
大会に出る、友達に勝つ、RTAを極めるスパイク
幼少期から現在まで遊び方の大筋は変わらない。
ゲームだけの話っぽいけど生活習慣や好みにも明らかに現れる。
「カードの切り方が人生だ」とあるように、人生がゲームなんだろう。
心技体
説明されなくとも知っている構造。
常に前向きで、寝たらいやなことを忘れ、逆境でもぶれない決断力と胆力
フル回転する知恵と腕、豊富な知識
風邪ひいたことないし睡眠削っても大丈夫だわーという体
これだと機械だが正しいベクトルらしい。生まれつき持ちあわせた自分の身体と相談しながら航路を選んでいく。
Must / Will / Can
結構腹立つフレームワークで、なーにがMustじゃ、って思ってしまう。
そもそも3つのバランスが悪く、WillやCanは自分というミクロ的な視点に対してMustはマクロ的だ。社会のニーズに答えなければならない。
腹立つといいながらも、ここでとりあげたのは、ティミー・ジョニー・スパイクと密接なかかわりがあるのではと考えているからだ。
Mustを好む人たちがいる。それはスパイクだ。スパイクなら社会の要請をゲームのようにこなすことが楽しくなる。
さああなたもスパイクになろう!資本主義で一番幸せになれる!!
という身も蓋もない結論が至る所で見受けられる。
大多数の人々はティミー性が強いらしいので、このギャップに社会問題があるはず。
スパイク解としてはおそらく、心技体を極限まで上げてMustをこなすことなんだが、(かつそれが楽しいらしい)
クソゲー、クソ努力を楽しんでる身としてはどうしたもんかな。
生きるためにMustしてるけれども。
3軸も背反ではないが、この3つを意識しながら何事にも取り組むのがいいと感じているので参考程度に。
「映画プリキュア」を初心者と観にいくポイント
他人にオススメする際のポイントを3点にまとめる。
前提
好きなのは自分だけだった。1
ほかのスーツ4人はプリキュアを一人たりとも知らなかった。
(一人だけリアルタイムで黒白、SS時代を見てた!)
勇気を出してプリキュア映画行こうと言ったら、もちろんのことながら最初は冗談だと流される。
年齢は近いとはいえ知り合って間もない。
カミングアウトして大丈夫かという気持ちもあったがその点は暖かかった。(?)
こんなチャンスはない!と感じ、ヒカれながらも説得にかかる。
自分の必死さ、周りの気遣い、プリキュアに携わっている制作陣の皆さんのおかげだが、
無事行動に移すことができたポイントを整理した。
説得ポイント
思い出作りにいい、SNSでは味わえない体験
海外に行く、ゴルフに行く、夜の街に行く、、、
いろんな楽しみはあるが、そうはいってもプリキュア映画は思い出に残りそうなものだ。
いつか娘ができたりできなかったりした時、そういえばアイツらといったな...と感慨に耽ることもあるかもしれない。
私が誘ったので、いざというときの言い訳にもなる。(誘われたから...というやつ)
ほんとうはちびっこたちがいる中、申し訳なく隅で見るのが応援できていいんだが、スーツなので業後深夜に見た。
多様性という価値観を育む
やはり偏見がある。大きいお友達への抵抗感。自分も見る前はあった。
しかし経験した後は霧が晴れたように視野が広がった。壁を越えた。
男女とか大人子供とかアニメとかくだらないことにこだわらないようにしたい。
コンテンツの魅力がある
今回は15周年だったので尚更、3DCGがド派手なところも推せる。
ドラえもんやクレヨンしんちゃんの感覚で、
ストーリーやキャラを知らなくても適当な感じでも見始められるところが良いと思う。
(と思ったらうしろのおじさんは泣いていた。自分も鳥肌が立っていた。)
「私のなりたい、野乃はなじゃない...!!」からの覚醒がバチクソかっこよかった。
改めていっしょに行けて感謝ですね。
心残りとしては、コール&レスポンスがある際に叫ぶことができなかったこと。
深夜だから大人しかいなかったので静かだったが、声出せばよかったな。まだまだピンクのような勇気が足りない。
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自分が好きな理由もちょっと分析が甘い?EDの3DCG、歌、純真なアツイ展開が好き↩
伝わらないレヴュースタァライトのつたないレビュー
ヒップホップが好きな自分に刺さる要素があった。
刺さった点
歌に「自分」を乗せる
始まる前に名乗り上げる
歌と表現で戦う(ラップバトル)、掛け合い(マイクリレー)
歌と場面をリンクさせる
2018年、ブシロードから一つのアニメが放送された。
メディアミックスと謳っているが、舞台がスタートというのは珍しい。 アニメでは舞台×バトルという中で歌いながら話を進めていった。
その中でも自分はレヴューというシステムが刺さった。
ここでは、『舞台少女』という言葉を使う。(言葉通りだが恐らく意味合いは深い...以下略)
歌に「自分」を乗せる
ラッパーならある程度は自分のことを歌いあげる必要がある。 主観視点、生きざまあっての曲がメインだ。
言い換えれば、属人性(この人にしか歌えないな感)が高いことが望ましい。
舞台少女も個々のやりたいことを歌っているので、主観視点になりやすい。
するとこの曲に共感する、のではなくて歌手の視点になる、ように聞くことができる。
始まる前に名乗り上げる
名乗り。 よくラッパーは最初に自分の名前や所属、キメ台詞をいう。 オレが歌ってんだ!と表明しているのだ。ブランディング。
これによって「言いたいことあるんだな」と主観的な感覚になる。
舞台少女も最初に名乗ってスタートなので、始まるぞ~と前のめりでみられる。
歌と表現で戦う(ラップバトル)、掛け合い(マイクリレー)
アツいほうが勝ち、という単純明快バトル。 視聴者も納得の勝敗が毎回ついていく。
舞台なので、互いに順番に歌い、曲調の変化も大きい。
個人的に一推しの天堂真矢だけは、音源を聞かせてやるよというスタンスだったのでラッパーというよりビヨンセな感じかもしれない。
歌と場面をリンクさせる
フィルムスコアリングという手法で作られているため、映像に合わせて音や歌が鳴る。 歌詞や曲のタイミングがちょうどよいことはそれだけで作品として良い。
スタッフの努力の賜物。 歌詞を後から映像につけていくというのは想像しただけでもすごい。
これだけ別にヒップホップではないように思えるが、 ヒップホップは文脈の音楽なので、時代や人間関係、その時流行ったカルチャーが重要なのだ。(こじつけ)
音楽自体も舞台仕様のため、アニソンっぽさが薄いものが多い。
アニメ、アイドル、声優の文脈から少しだけ外れているためこういう取り組みができるのかもしれない。
いろんな魅力はあると思うが、
これだ!と思って見始めたきっかけは、
第三話のThis is 天堂真矢。
だまされたと思って「誇りのレビュー」をみてください。
好きなところ
This is 天堂真矢
すこしだけ韻を踏んでいる
例
誇りと驕り
数多の光 集めて今 あなたのこころに届けましょう
より高く より輝く高いところや食べることが好きなところ
歌がうまい
2期の舞台観にいって歌うまいー殺陣面白いー南風涼かわいいーという気持ちとともに。
語ってるがメインの客層じゃない気がしてきた。百合