カテゴライズの是非
カルチャー顔が炎上していた。
そりゃそうだ。結局見た目より中身。
それはそれとして、カテゴライズの是非に関する議論も残っている。
このブログでも雑にカテゴライズしてしまっているので反省。
決めつけで適当なコトなるべく言わないようにしないと。
ここから論点の整理。
カテゴライズしないと認知できないのでは?
全く素人だけど今話題の機械学習ですら一種のクラスター分析とか類似度を見ているはず。人間の脳みそ(認知能力)ならば、対応できるとでもいうのだろうか。
当たり前にはできることでは無いので努力する必要がある。
カテゴライズについて以下2つとかは振り返ってもそのまんまのテーマだった。
炎上するかなと思ったが読まれないので反応がない。燃やしてくれれば消します。
リスペクトをもって取り上げているか?
好きなものについてしか書いていない想定だが、事前に連絡すべきなんだろうか...
たしかにそれが礼儀ではあるので後ろめたさはある。
一方で繋がってしまうと、コネというか忖度というか何らかの人間関係が影響しそうで怖い。単純に複雑な要因無しで、良いと思いましたよという意思表明をしているつもり。
ジャンル分けと差別をどう扱っていくかは、いずれ来る人工知能の問題の一つと直結しているので正解が未だ見えていない。お気持ちの問題ではないと思うが何が最適解なんだ。
追記 (2019/5/31)
謝罪記事。 誰でもミスはあるので間違えたら謝れるようになりたい。 更生しただけで褒めるべきではないという意見もあるし確かにそうかもしれないが、そうすると一度の失敗も許さない世界になってしまうので...。
そもそも自分のブログのカテゴリがカテゴライズできねぇ...。